福島市の女性職員が投票所で知的障害者に字が書けるんですか?に父親が怒った理由とは?

参議院選挙を控えた30日に福島市の市会議員選挙の投票所で知的障害者の親子に対して、投票所にいた福島市職員が知的障害者の本人に「字が書けるんですか?」と尋ね、父親が怒り退出したことで物議をよんでいます。

「字が書けるんですか?」と尋ねたことの何がいけなかったのか?

「字が書けるんですか?」という言葉に怒りを覚えた父親の心境とは?

投票所にいた福島市の職員の対応に問題はなかったのか?

気になりましたので調べてみました。

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字が書けるんですか?で父親が立腹した経緯とは?

 6月30日に投開票された福島市議選で、投票所を訪れた知的障害者の男性とその父親に対し、市職員が「字が書けるんですか」などと発言していたことが2日、市選挙管理委員会への取材で分かった。
市選管によると、男性と父親は30日午後に市内の投票所を訪れた。投票用紙を交付する際に、受付の女性職員が「字が書けるんですか」と尋ねたところ、父親は怒り、投票せずに帰ったという。

(Yahoo!ニュース)

6月30日に福島市の市議会議員選の投票が行われていました。

市議選で知的障害者の男性と男性の父親が一緒に投票所で投票をしようとしたところ、市の職員がその親子に対して「字が書けるんですか?」との言葉を発していたことが判明したとのことです。

報道によりますと、受付の女性職員が知的障害者の親子に対して投票用紙を渡すときに「字が書けるんですか?」と尋ねたそうです。

その言葉に対して、父親は怒りをあらわにし、結局投票をせずに投票所を後にしたとのことでした。

せっかくの投票の機会が失われたわけですが、なぜ、このような事態になってしまったのでしょうか?

市職員の対応がわるかったのか?

一般的に投票をする場合、投票所では、まず、投票の案内のハガキを係員に見せて、投票人名簿との照合が終わると、担当の職員から投票用紙を受け取ります。

その時に親子に投票用紙を渡す職員が「字が書けるんですか?」と聞いたことが問題となっています。

市の言い分とは?

投票用紙を渡す係の職員は

「(知的障害の)男性が一人でかけないため、その男性の代わりに父親が代理に記入をしようとしたため、父親に対して『家族では代理記入ができないこと』を説明したところ立腹して帰った」

と説明しているようです。

しかし、報道によりますと投票用紙を渡す受付の段階で受付の女性職員が「字が書けるんですか?」と尋ねたと記載されています。

どうも言い分が食い違っているようですが、どちらが正しいのでしょうね?

また、父親から夕方になって市に対して市職員が「字が書けるんですか?」と聞いたと発言に対しての苦情を訴える電話がかかってきたとのことです。

市は、口頭で父親に謝罪を伝えているとともに、市選管の寺内勝宣事務局長が

「投票所が混み合う時間帯で制度の詳しい説明を後回しにした。言葉の配慮も必要だった」

と、謝罪のコメントを出しています。

 市職員の対応の問題点とは?

「字が書けるんですか?」

本当にこのまま発言をしたのかは、今となっては確かめようがありませんが、もし、本当にこの表現のまま相手に伝えていたとしたら、父親が怒るのも無理がないと思います。

「〇〇できるんですか?」

と聞かれて、その言葉に対してみなさんはどのような印象を持つでしょうか?

「こんなこともできないの?」

「本当にできるの?」

「できないんじゃないの?」

と自分の能力を低くみられたり、バカにされたような気分になりませんか?

私がひねているのかもしれませんが、自分を否定されたような悲しい気持ちにしまう人も多いのではないでしょうか?

さすがに「字が書けるんですか?」と尋ねるのは、少なくとも投票所で尋ねる言葉としては、まずかったのではないのでしょうか?

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市職員の発言に怒った父親の心境とは?

「字が書けるんですか?」

と福島市職員に尋ねられて、父親は立腹し、結局、投票をすることなく、投票所をあとにしたそうですが、なぜ、父親はそこまで怒ったのでしょうか?

能力を否定されたから

字を書けるのかと聞かれて、怒った父親の気持ちもわからなくはないです。

知的障害があるとはいえ、普通の暮らしを送って欲しい!障害のあるなしに関係なく、社会経験をして欲しい!

わざわざ、選挙に連れていったということは、父親の子どもにいろいろなことを体験して欲しいとの思いがあったのではないでしょうか?

普段は字が書ける人だったのかもしれません。でも、投票所という緊張感のある場所で、本人の緊張度合いが高まり、書けなくなったとも考えられます。

そこで、書けるのかと聞かれて、子どもの能力を否定された気持ちになって怒りが込み上げてきたのではないのでしょうか?

体験するチャンスをつぶされたから

市職員の言い訳によると、父親が代わりに書こうとしたので、注意をしたとのことです。

でも、父親が代わりに書こうとしていたのではなく、書く場所や書き方を教えていたのかもしれません。

そうなると、子どもに選挙を体験させようとして、教えているのになんで邪魔をするんだ!と言って怒ったのかもしれません。

今まで何度も投票をしたことがあれば、代筆は第三者がしないといけないことは知っていたはずですので、今回がはじめての投票だったのかもしれません。

投票可能な年齢になってはじめて投票につれてきて「いよいよコイツも大人になったぁ~」と感慨にひたろうと思っていたのに市職員に邪魔をされたような気持ちになったのかもしれません。

父親の勘違い?

もしかしたら、市職員は父親に投票所でのルールを教えようとしていただけなのかもしれません。

父親の気持ちが強いばかりに、よかれと思って伝えたことが父親が勘違いし、気分を害したのかもしれません。

真相は不明ですが、父親が怒ったことは事実です。

市職員の対応が悪いという意見

父親の勘違いでは?との意見

どのように声をかければよかったのか?

今回のことは市職員の言葉と父親の感情によって、結果的に知的障害者である本人が投票をする機会を失ったわけです。

そのことが一番大切なのではないかと思いました。

せっかくの投票の機会を失わずにすむためには、どこのような声かけをすればよかったのでしょうか?

「なにかお困りですか?」

これだけで十分だったと思います。

父親が本人の投票用紙に書こうとしていたのならば、その行為をたしなめるのではなく

「なにか困っているのではないのか」

というスタンスで接することで、第三者が関与しないといけないことに対して父親の理解を得られたかもしれません。

今回の件は、確かに投票所という厳格な場所でのことですので、市職員が管理をすることは当然です。

でも、市職員の言いぶんばかりを一方的に伝えると反発されるのは当たり前です。

逸脱している行為をしている人に対して、なぜ、そのような行為をしているのかを想像することが必要なのかもしれません。

今回、投票できなかった知的障害者である本人が次の選挙ではきちんと投票できることを祈るばかりです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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