煉獄の父の過去に何があった?柱を辞め酒浸りになった理由とは?

煉獄の父の過去に何があった?柱を辞め酒浸りになった理由とは?

無限列車編で命を落とした、煉獄杏寿郎。

その父の煉獄槇寿郎は、過去には柱として鬼を狩っていました。

しかし、今では過去と違い、柱を辞退し酒浸りの生活を送っています。

煉獄家の大黒柱に何があったのでしょうか?

槇寿郎の過去に、何かあったのでしょうか?

柱を辞退した理由とは?

そもそも煉獄さんの家ってどんな家?

今回は煉獄槇寿郎をメインに、述べていきたいと思います。

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煉獄の父:槇寿郎は過去に柱だった?

煉獄の父の槇寿郎は、かつて鬼殺隊の柱として鬼を狩っていました。

柱としては「炎柱」であり、息子で炎柱の杏寿郎の、先代の炎柱を務めていました。

杏寿郎をしっかりと育てたこともあり、相当な実力者であることが伺えます。

しかし、とある出来事をきっかけに、炎柱の座を辞しています。

煉獄家は代々炎柱を輩出してきた名門であり、槇寿郎も当然の如く炎柱として鬼殺隊に加わっていました。

煉獄の父:槇寿郎が柱をやめたきっかけは?

槇寿郎と炭治郎は、長男の杏寿郎の死をきっかけに対面しています。

その時は、杏寿郎を罵るだけ罵り、炭治郎から頭突きを喰らっています。

怒りに任せた頭突きの後は、落ち込む炭治郎ですが、目を覚ました槇寿郎は酒を買いに行ったそうです。

さすがは元炎柱。

その後は炭治郎と鴉をつかって手紙による情報交換をする仲になり、そこで炭治郎は槇寿郎の

本心を聞きます。

炎柱だった槇寿郎ですが、ある日、自分の無能さに気づいてしまったのです。

そして同じ頃に最愛の妻の瑠火を病によって喪った。

畳みかけるような不幸により、槇寿郎は炎柱の座を降りたとも言えます。

炭治郎は、どんなに高い壁があっても乗り越えようと努力します。

ですが槇寿郎は、「己の無能」に気づいたとたん炭治郎のように壁を越えることができなくなったとも言えます。

しかしそれはただのスランプではなく、「本当の意味での無能」を悟ったのかもしれませんね。

それは乗り越えられる壁ではなく、「剣士としての才能」です。

きっと槇寿郎はとても苦しんだでしょう。

槇寿郎が酒浸りになった理由は?

槇寿郎が酒浸りになったのには、理由があります。

一つが、何度も言うように「己の無能」に気づいてしまったこと。

(柱の時点で無能ではないと思いますが)

もう一つが、最愛の妻の瑠火を病死したことです。

この二つの不幸が、きっと槇寿郎を追い詰めてしまったのだと思います。

そして逃げるように酒に浸り、兄の杏寿郎と弟の千寿郎の剣術稽古をほっぽって、部屋にこもるようになったのです。

炭治郎が杏寿郎の最期の言葉を伝えに来た時も、千寿郎の前で槇寿郎は亡き息子杏寿郎を罵倒します。

そこで炭治郎と激しく喧嘩をする杏寿郎。

そして千寿郎を通して、杏寿郎の最期の言葉を聞き、酒浸りになった自分に自己嫌悪したはずです。

この時のことを、杏寿郎は手紙でこうつづります。

「あの時はすまなかった」

炭治郎との初対面のことは、槇寿郎は「恥ずかしく思う」と手紙で述べていて、今では少しずつ変わっているのだと思いたいです。

槇寿郎は今はどうしている?

煉獄家の当主、槇寿郎は、今は何をしているのか?

そもそも煉獄家は、代々炎柱を輩出している名家であります。

しかも、一度、炎柱まで上り詰めた槇寿郎です。

もしかしたら、道場を開き、子供たちに剣術指導をしているかもしれません。

名家ということもあり、何かほかの資産を持っている可能性も否定できませんね。

何よりも、酒浸りになれるだけのお金があるのですから、やはり産屋敷から今でも何かもらっている可能性があります。

名門の家ということは、代々、鬼殺隊の主の産屋敷に仕えていたことになります。

もしかしたら、産屋敷から何かもらっているかもしれせんね。

金銭面やら何やら。

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煉獄の父:槇寿郎の過去についてのまとめ

槇寿郎はとても苦労した人だと思います。

己の実力の限界を感じて。

最愛の妻を亡くし。

逃げるように酒浸りになった自分には、嫌気どころか罪悪感もあったはずです。

それでも、杏寿郎の最期の言葉を聞きます。

初めは聞くことを拒んでいました。

「身体だけは壊さないでほしい」

しかし千寿郎がぼそりと伝えると、槇寿郎は涙します。

それは、杏寿郎への謝罪なのか。

みっともない自分への嫌悪感なのか。

これは槇寿郎だけにしかわからないと思います。

でもわかることは一つだけあります。

最期まで自分のことを心配してくれた息子に、父親の槇寿郎は何も伝えることができなかったのです。

だから、きっと後悔していると思います。

いくらでも気持ちを伝えられるチャンスは、父子にはあったと思います。

それを逃したと知った時には、もう手遅れだったのです。

槇寿郎はきっと立ち直るでしょう。

それは炎柱ではなく、父親として、人間として――――

そして今では炭治郎と文通を交わしているのです。

これをきっかけに、千寿郎とも仲が良くなることを願うばかりです。

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